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No.196「世の中が明るく暮らせますように」

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〜コラム 〜

No.196 「世の中が明るく暮らせますように」



はるか遠い昔のことになるが、私が通っていた小学校で8月6日といえば、夏休み中の第一登校日であり、先生に元気な顔を見せる日であると同時に、戦争について学ぶ日でもあった。

「象のいない動物園」「裸足のゲン」「火垂るの墓」など、戦争を題材にした有名な作品は沢山ある。どの作品も辛く悲しいものとして強く心に刻まれているのだが、その中でも、平和教育として8歳の夏に小学校の体育館で見た映画「おこりじぞう」のラストシーンは、40年経過した現在でも鮮明に記憶に残っている。
幼かった私にとって、笑顔だったお地蔵さんの顔が、みるみる怒った顔へと変化していく様子は大変恐ろしく感じた。お地蔵さんをこんなに怒らせるなんて、戦争は良くないことなのだと、この時に感じたのかもしれない。

さて、去る8月6日(土)、休日だったこともあり広島平和祈念式典の様子をテレビで視聴した。
毎年、内閣総理大臣、広島県・長崎県の各知事挨拶や市長による平和宣言などニュースを通して耳にはしても、式典自体を開式から閉式まで見るのは初めてのことである。
今年は、3年ぶりに一般の参列客席が設けられたそうで、蝉の声が鳴り響く中、子どもからお年寄り、海外の方も多数参列している姿が印象的であった。
式典の中で、小学6年生の男女がこども代表として「平和への誓い」を述べていたのだが、茶道の「ことば」に通じると感じたので、一部ご紹介させていただく。

自分が優位に立ち、自分の考えを押し通すこと、それは、強さとは言えません。
本当の強さとは、違いを認め、相手を受け入れること、思いやりの心をもち、相手を理解しようとすることです。
本当の強さをもてば、戦争は起こらないはずです。
広島市公式HP「平和への誓い」より一部抜粋


我々も、他人をあなどることなく思いやりが先にたつよう、豊かな心で人々に交わり世の中が明るく暮らせるよう常々唱えているが、これを実践し、人々に伝える努力をすることは平和へ繋がるものなのだと「ことば」の重みを再認識した。
そもそも、「おこりじぞう」を思い出したのも式典を見てみようとの気になったのも、きっかけは中部中国ブロックから届いた広島平和祈念茶会のご案内である。
残念ながら祈念茶会の様子をライブで拝見することは出来なかったのだが、毎年8月6日の原爆の日に原爆犠牲者の御霊の冥福を祈って造られた石燈前で、供茶の会が開催されていることを初めて知った。この石燈は、昭和30年8月6日、茶道裏千家淡交会広島支部によって建設されたもので、形状は、畳の形をした台石の上に炉と燈籠があり、台石の側面に碑文(「閑思清和」)と、後から取り付けられた被爆三十三回忌を記念した詞が記されているそうだ。

「平和の石燈」と呼ばれ修学旅行生などの観光スポットとしても親しまれているらしい。
実は、広島平和記念公園には2度ほど訪れたことがあるのだが、お茶に関わる者として、供茶の会が開催されていることも平和の石燈の存在も知らなった自分を少々恥じており、今回、知ることが出来て本当に良かったと思う。

8月は戦争・平和について考える機会に恵まれる月である。
戦争を知らない私たちに出来るのは、今ある日常が過去の犠牲の上に成り立っていることを忘れず、核や戦争の恐ろしさを自ら学び風化させないよう努めていくことであろう。