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No.144「いつの間にか宿るもの」

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〜コラム 〜

コラムNo.144「いつの間にか宿るもの」



   私は祖母が茶道の先生だったこともあり、幼少期より茶道に触れていました。正直に言いますと触れていただけで、茶道の歴史や心得、その他の細かいことはよくわかっておらず、ただお点前が出来るというだけでした。大人になって、私は茶道を何となくやっていたのだなと思うことが沢山あります。「私はお茶の席でお点前が出来るだけで、茶道は何も身に付いていないんじゃないか」と落ち込んだときもありました。

   数年前、祖母の補助としてお寺で茶道を教えているなかで忘れられない出来事があります。お客さんをしている生徒さんに「お菓子器を自分の方へ寄せてください」と伝えたところ、畳の上でお菓子器をズリズリと擦って寄せたのです。このとき私が思ったことは「どうして擦って移動させるのだろう。畳が傷つくかもしれないのに」ということです。お客さん役の生徒さんは何も悪くないですし、私の言葉足らずだったことは確かです。しかし、この出来事で私は「なぜ自分はお菓子器を擦らないのだろう?どうして畳が傷つくと思ったのだろう?」と考えました。答えは簡単で、茶道をしていたからです。

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 幼少期にわけもわからず始めた茶道。お菓子器を擦ってはいけないと教わったかどうかは覚えていません。教えてもらったかもしれないですし、周りを見てなんとなく察していたのかもしれません。しかし、茶道を学ぶなかで得たものだとはわかっています。私の中でそれは当たり前のことでした。

「茶道をしていて、身に付いたものはあっただろうか」と落ち込んだこともありましたが、今は「小さく些細なことかもしれないけれど、身に付いたものは沢山ある」と感じています。そしてこれからもそういったものを見つけていけたら、身に付けていけたらと思っています。

※画像はPhotoACより