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No.22「扇子について」

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〜 連載 学び舎〜

No.22「扇子について」



 43AFBE0D-2F6B-4DA3-B324-8D31305AB13Dお点前そのものには使用しないものの、扇子は大事な茶道具です。茶道では、挨拶をする時、茶室に入る時、道具を拝見する時に前に置いて敬意を表します。特に、挨拶についてはお茶席だけのことではなく、日本の正式の場ではこれが本来のマナーとされています。特に茶席で使用されるようになったのは室町時代からです。裏千家では、女性は5寸、男性は6寸を用いています。
 平安貴族の時代、扇子は、扇ぐための他、通常男性に顔を見せない女性がとっさの時に顔を隠すのに使用したり、和歌を書いたり、花をのせて贈ったりと、必需品でした。広げて扇いだり、美しさを鑑賞する場合は、紙の部分に目が行きがちですが、支える扇骨の加工は細かい行程を経て丁寧に作られています。竹の節を除いて同寸法に切る「胴切り」、それを縦に割る「割竹」、青竹を窯で茹でる「アク抜き」、「ミ」と「カワ」に分ける「せん引」、更に、干して、磨いて、染めて……と、いくつもの工程を経て扇子に使う「骨」となります。『枕草紙』には扇子が出てくる有名な章段があります。
藤原隆家が、妹の中宮定子や清少納言たちの居る所へ「見たことのない程、珍しい扇(扇子)の骨を手に入れた。それに見合う素晴らしい紙を探している。」と、自慢をしに来ます。すると、清少納言が「見たことのないということは、くらげの骨なのでは?(くらげに骨は無いので。)」と気の利いたセリフで返します。隆家は感心して、「それは私の言葉としてもらっておこう。」と言って清少納言の言葉を自分のものにしてしまいました。因みに清少納言は、この自慢話とも取れるエピソードを「何でも書きなさいと皆が言うので。」と、言い訳(?)と共に書き記しています。
 画像大事な「骨」の部分の竹。茶筅同様、国内産の竹の減少が心配されていますし、他の道具と同様、大切に使いたいものです。